食わず嫌い王子 07 古川 淳一/ボーカリスト・ボーカルトレーナー 

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食わず嫌い王子 ~あなたの殿下がここにいる!かも?~

ヨーロッパやアメリカでは「現代のモーツァルト」として高く評価されリスペクトされる一方、日本の一般層には「プリンス?誰それ?」状態。そんな時代に、究極のお節介企画、『食わす嫌い王子』。プリンスをあまり聴いていない方、存在自体知らない若い世代に、「殿下の音楽は届くのか?」実験的インタビューをここにお届けします。

07  古川 淳一さん/ボーカリスト・ボーカルトレーナー

古川 淳一 (@junichi225) | Twitter

 

ーーーこんにちは、紫大学大学です。この度はおせっかいな企画へのご参加をありがとうございます。まずは、古川さんの自己紹介をよろしくお願い申し上げます。

 

古川:古川淳一です。福岡県北九州市出身のボーカリストです。現在はおもに吉祥寺でボイストレーナーとして働いており、ボーカリストさんをはじめ様々な方のサポートをさせていただいております。

 

ーーー古川さんはボーカリストとして、またボイストレーナーとしてご活躍されているんですね。どのような経緯でその道にすすまれたのでしょうか?

 

古川:大学時代の出会いがキッカケです。地元にいる時は全く思いもしなかったのですが、大学で出会った人達に誘われて、ゴスペルや路上、クラブなど、様々な環境で人前で歌うことを気がついたら始めていました。やっていくうちに楽しくなっていってお仕事もいただけるようになっていったのですが、このままやってても良いものか…そもそも自分の才能で通用するのかどうか不安になったのもあり、ボイストレーニングスクールに入りました。

 そこで出会った恩師から「君はボーカリストでプロになれるから大丈夫」と言ってもらい、就活をスパッとやめ、周囲を説得し、ボーカリストとしての活動を本格的に始めました。

 

ーーー恩師との出会いがあったんですね。

 

古川:そうなんです。ボーカリストとして経験を積む中で、受けていたレッスンを通して自分の成長を感じたり音楽がより深く理解できるようになりました。自分と向き合い、仲間たちと音と向き合うこと。辛いこともありましたが、これは独学ではまず無理だったと思います。また同時並行で予備校で英語の先生をしていました。中学高校時代の学校や塾の恩師に教え方も人間的にも面白い方が多く、その影響で大学時代から始めたもう一つのお仕事でした。教えること、習って身につけたことを自分の言葉で伝えること、そして生徒さんたちの成長と笑顔を見ていくことにハマっていきました。

 

ーーー同時に英語の先生もされていたんですね。

 

古川:はい、しばらく活動を続ける中で様々な不運やタイミングの悪さも重なり、音楽活動を続けるのが困難になってきた時に、ボイストレーナーの恩師から、一緒に働くお誘いを受けました。ボイストレーナーはボーカリストと予備校講師をハイブリッドしたものだと言われ納得しまして、今はボイストレーナーをメインにお仕事しております。今年で12年目です。

 

ーーーなるほど、音楽を通じて自他の成長を実感された古川さんが、教え、伝え、成長する喜びを経験された。いろいろある中で、恩師からのお誘いで、2つの川が交わって、ハイブリッドとしてのボイストレーナー古川さんが生まれたんですね!

 

古川:そうですね。導いてくれた方がたくさんいてくれる幸せに恵まれていると思います。

 

ーーー素晴らしいですね。古川さんの好きな音楽についても、是非伺ってみたいです。といっても、おそらくは無限の広がりと深みがあるでしょうから、読者の方に「これだけは!」というところをご紹介いただけますか?

 

古川:そうですね!無限とまではいきませんが、結構面倒なことになりそうなので、二つに絞ります(笑)

 

ーーーありがとうございます(笑)

 

古川:はい!それではまず1人目はマイケル・ジャクソンです。言わずと知れたスーパースター。“King of Pop”と称され、グラミー賞受賞回数13回、3億枚を超える音楽作品の売り上げを誇る最高峰のアーティストです。私はこの人のライブを中学2年生の時に福岡ドームで見ることができまして、非常に衝撃を受けました。私が洋楽にどっぷりつかるキッカケとなりました。おすすめの1曲はHeal The Wolrdですね。ダンサブルな楽曲が有名ですが、バラードにも名曲が多いと個人的には思っていて、歌詞の内容的にも今の状況にぴったりかと思います。

 

 

 続いて2人目に挙げたいのがベビーフェイスです。ボーカリストとしてもプロデューサーとしても、アメリカの音楽界のトップを走り続けるアーティスト。ソウルやR&Bから始まり、長年にわたりジャンルを超えて幅広いヒット曲を生み出し続けています。私が20代の頃に出会い感動した音楽の大半が彼の関連作品だったりします。ぜひ聴いていただきたいのはHow Come, How Longです。1997年のMTV Unpluggedというライブプログラムでのスティーヴィー・ワンダーとのデュエットが有名ですね。この曲の収録されているライブアルバムは、私史上最高の一枚なので、ぜひ皆さんに聴いてもらいたいです!

 

 

ーーーなんとあのマイケルのライヴを直接体験されたんですね!それは歴史の証人レベルだと思います。たしかデンジャラス・ツアーとヒストリー・ツアーの両方で福岡公演をやったんでしたよね。いま、改めて聴かせていただいたんですが、全く古びない、時代を超えたエバーグリーンな楽曲だなぁ、と感じました。

 そして、ベビーフェイスのご紹介もありがとうございます。これ、「ごめんなさい」案件なのですが、僕の中で、ベビーフェイスといえば80年代終わりにシーンを席巻した2人組の新進気鋭のプロデュースチーム、LA リード & ベビーフェイスの印象が強烈でして。とにかく当時は、最先端のダンスとサウンドが武器のボビー・ブラウンとか、デビューアルバムから立て続けにシングルヒットを連発したポーラ・アブドゥルとか、黒いマドンナといわれたペブルスとか、ブレイクしたR&B系の音楽は彼らのキレキレのサウンドが核になっていたような時期で。僕の中ではその印象が強烈で、その後のベビーフェイスのソロはあまり聴いてなかったんです。

 

 

 

 でも、今、こうしてじっくり聴かせていただいて、メロディーと雰囲気に酔いしれています。古川さん、素晴らしい楽曲と音楽家を教えてくださりありがとうございます。

 

古川:ありがとうございます。ボビー・ブラウンペブルスの作品については、90年代からどんどん遡って聴いた感じでした。90年代R&BとかNewJackSwingをメインコンセプトにしたクラブイベントが多かったので、ダンサブルな関連作品はガンガンプレイされてましたね。

 

ーーーたしかに流行のサウンドとしてLAリード&ベビーフェイスが席巻したような時代でしたね。僕はボビー・ブラウンのRONIというバラードが大好きで、今調べたら、これもベビーフェイスの作品でした!ビックリです!

 

 

さて、ここでプリンスの1曲目をご紹介させていただくわけですが、何かご希望はございますか?こんな感じのを聴いてみたい、というのでもいいですし、古川さんのフェイバリット、マイケルやベビー・フェイスから閃いた1曲をご紹介する形でも大丈夫です。

 

古川:はい!それでは、私はボーカリストですので、プリンスのボーカルの魅力が際立つ一曲をお願いします。勉強したいです!!

 

ーーーでは、Somewhere here on earth のライヴです。

 

 

古川:いやー!イイですねー好きです!5回目リピート中ですがまだニヤけてます(笑)ジャズバラードという感じでもあり、美しく流れるようなファルセットがフィリーソウル的でもあり。メロディアスにスキルフルに歌う部分から語るように歌う部分もあり。力強さ、繊細さ、セクシーさ・・・「表現力の幅広さ」なんて言葉がチープに感じるくらいのパフォーマンスですね!

 バラードって、スピード感がとってもとーっても大事なんです!演奏もゆったり、歌もゆったり…これって一歩間違えるとグダグダ感に繋がってしまうんですね。当たり前ですが一切そんなグダグダは無く、バラードなのにジェットコースターに乗っているかのようなダイナミクス。素晴らしいです。ささやくように歌う時も、パワフルな時も、ファルセットのハイトーンやロングトーンの時も、全てにおいて計算され尽くしたかのような…時間と空間を操るかのような歌ですね!恐れ入りました!途中のスケッチ?してる部分も遊び心あって良いですね。これだけのパフォーマンスならもっと必死になってしまいそうですが、どこか余裕があって…。いやー底無しですね。

 

ーーーしっかりと聴いてくださっただけじゃなく、プロフェッショナルとしての視点をシェアしてくださり、ありがとうございます。特に「バラードの難しさ」はリスナーでしかない僕には、全く意識したことがないところで・・・古川さんの仰るポイントで僕も聴き直してみたんですが、たしかに「ジェットコースター」ですね!

 途中の演奏が盛り上がる前までは、バンドは抑制が聴いていて、一定というか、変化をつけないことで、プリンスのボーカルの変化が際立つようになってるように感じました。逆に、Excuse Meとか言いながら、画面中央から姿を消すのも、「ここは俺じゃなくてバンドを聴いてね」ってことなんでしょうね。で、スケッチ?文字?を書くパフォーマンスでプリンス自身は「サイレント、ミュート」に徹している。それがまた彼自身のギアチェンジになっているのかも知れない!古川さんの知見から、そんなことを感じました。

 この曲は、もちろんスタジオレコーディングのMVもあるんですが、ライヴの一発勝負のほうが、プリンスとバンドがダイレクトに伝わりやすいかな?と思いまして、こちらを選ばせていただきました。

 

古川:ありがとうございます。バラードって本当に難しいんです。軽い気持ちで歌ってみても、「ん?何か違うぞ!?あれ?難しいぞ!?」ってなります(笑)

 この映像の演奏が一定でボーカルが動き、間奏でバンドにバトンを渡す、持ちつ持たれつな関係性。しかもお客さんにも目配せしつつ、全体の雰囲気をクライマックスに向かって盛り上げつつきちんと着地。それをいとも簡単にやってのける素晴らしさですよね。エネルギーがプリンスの頭上に集まって、優しく全体に降り注いでいるようでもあります。

 そしてやっぱりライブ!大好きです!一発勝負の良い意味でのヒリヒリ感だけでなく、オリジナルとのアレンジの違いも楽しめますしね。「ライブ」の良さをあらためてこの動画で感じました!今すぐにでも観に行きたい!ですが・・・今は我慢のしどころですね。

 

ーーーうわぁ、古川さんの「お客さんにも目配せしつつ全体の雰囲気をクライマックスに向かって盛り上げつつきちんと着地」の言葉は、逆に気づかされるというか、プリンスがプリンスである所以が凝縮されているように感じました。

 古今東西、優れたアーティストはたくさんいるんですが、彼がその中でも頭1つ抜けてる部分があるとすれば、「場を把握する能力」ではないかと僕は思っていて。この映像もスタジアムやアリーナクラスのライブではなく、TV出演時のライブなんですが、もう見事に「それ用のパフォーマンス」になっている。

 自分の音楽を届ける先は、TVカメラの向こう側であり、「視聴者はTV画面を通じてプリンスを体感する」という前提をしっかりと把握した上で、歌う時の目線や表情による表現に重点を置いたパフォーマンスになっています。そういえば、この動かない旧式?のマイクもプリンスの表情の変化を際立たせるのに一役買っているのかも知れない。古川さんのプロの見識に触れることで、新たな発見ができています。

 

古川:職業柄どうしても技術から入る部分がありまして、ボーカリストとして、エンターテイナーとしての振る舞いがまず印象に残るんですね。空気をガッチリ掌握して、まさにマエストロ。固定されたマイクも含め、演出と期待感がしっかり噛み合ってて、素晴らしいグルーヴになってますよね。

 ただこれは噛めば噛むほど味が変わるというか、これから先聴いていく時間が増えたり、より深く知っていけば…今回のようなやりとりが出来るとまた新しい切り口が見えてくるような気がします!とてもおもしろいです!!

 

ーーー専門家という言葉以上の、ボーカルという世界に魅了された古川さんの情熱まで伝わってくるのが最高です。僕は全く門外漢なので、全ての知見が刺激的で面白くて。おっしゃるとおり、経験や景色によって違った面が見えてくるからそれもまた楽しみです。さて、2曲目はどんな感じにいたしましょう?ご希望をきかせてください。

 

古川:それでは2曲目ですが、1曲目がジャズバラードでしたので、アップテンポでダンサブルな、イケイケな楽曲をご紹介いただければと思います!!

 

ーーー了解しました!ではLet's Go Crazy の12inchバージョンを今度は音だけでご紹介します。

 

 

古川:これはまたダンサブルですね!思わず体が動くというか、手拍子したくなるというか。少し長めのアレンジになってますが、これは確実に聴く側を踊らせにかかってますよね。途中様々な楽器のソロが挟まっていて、独特な不安定な和音が続いたり、跳ねたリズムと淡々としたリズムが同じタイミングで鳴っていたり、吐息やシャウトも歌に組み込んでスピード感にブースターをかける感じも好きですね。聴かせる歌というよりは踊らせる歌。

 全体を通して、いわゆるJpop的なAメロBメロサビという構成ではなく、ずーっと同じことの繰り返しに近い感じではあるものの、いろんな音がクロスオーバーして最後まで飽きさせない楽曲だと思います。ちなみにこの楽曲って有名だったりしますか?どこかで聞いたことがあるような気もしますが・・・

 

―――プリンス2曲目の全米1位の曲ですが、羽生結弦選手がショートプログラムで使用されて世界的に再評価されるようになった曲です。

 

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古川:羽生選手!そうでした!何度か聞いているとギターの素晴らしさがじわじわと。ロックテイストあふれるソロにしても、バックのカッティングにしても、様々な音色を展開ごとに使い分けながら、ものすごく存在感はあるのに全然鬱陶しく無い。これプリンスご本人が弾いてたりしますか?

 

ーーーはい、これはプリンスのギターですね。

 

古川:彼がギターをもって弾きながら歌っているイメージはあったのですが、こんなギターすごい人だったという印象が正直ありませんでした! 非常に個人的な感覚なのですが、ボーカル一本でやってきている人の歌の良さと、ギターも弾けちゃう人の歌の良さってちょっと違った感じがするんです。ギタリストさんの歌でグッと来る歌い方は、なんだかギターソロのような歌い方なんですね。ギターソロの譜面通りに音を置くように強弱やノリをつくっていると言いますか。

 

―――ギターソロのような歌い方!それは非常に興味深いお話です。

 

古川:エリック・クラプトンや、ジョージ・ベンソンジョン・メイヤーなどが典型例ですね。誤解を恐れずに言えば、特にクラプトンはお世辞にも綺麗な声とは言えないですし、音域も狭く、声量もそんなに大きくはない。ボーカリストとしての能力で言えば、もっと凄い人はいくらでもいる。でも、あのグルーヴは誰にも真似できない。あんな風に歌えたらどんなに素晴らしいか…ギターで出来ていることをそのまま歌に落とし込んでいるので、ボーカル一本でやって来た人には出来ない歌になるんです。Change the worldでグラミーを受賞したのもそういった理由もあるんじゃないかなと。同様にベースが弾ける人、ピアノが弾ける人、ドラムやパーカッションが出来る人…それぞれの歌の良さっていうのがちょっとずつ違っていて、それぞれに素晴らしいんですよね。

 

 

ちょっと話が逸れましたが、プリンスの歌を聴いていると、ボーカリストの歌の良さはもちろん、ギタリストとしての良さもガッツリ出せているなぁと感じます。同じ弦楽器でもバイオリンから三味線まで弾けちゃうような器用さと幅広さを感じます。一曲目と二曲目だけでも比較すれば全然個性が異なりますもんね。時代性なんかもあるかとは思いますが…さっきも書きましたが、正に底無しですね。

 

ーーー詳細なご感想をありがとうございます。しかもリズムや曲の構成について、専門的な視点も交えての解説にビックリです。古川さんの仰る通りで、プリンスの楽曲の特徴のひとつに「飽きさせない仕掛け」が随所にみられるんです。なんていうんでしょう、「圧倒的な反復再生も耐えうる曲の強度」という言葉になってしまうのですが、単純な構造の曲の中にたくさんのアイディアがあったりだとか、聴く人の音楽的嗜好や、音楽的経験によって違う感じに聴こえるとか、そういうところがあるんですね。

 この曲もイントロだけ聴けば教会音楽みたいだし、リズムを聴けばダンスナンバーなんだけど、ギターに注目すると思いっきりロックナンバーだったりしますよね。古川さんの「ものすごく存在感はあるのに全然鬱陶しく無い」はもう、よくぞ言ってくださいましたレベルの表現でして、不協和音含めてこれだけ「盛り盛り」なのに、同時に容赦なく「引き算」して空間をつくってる気がします。そして、「ギタリストはギターソロのような歌い方」という視点は凄く興味深く感じました。僕は医師として運動やリハビリを専門にしているんですが、歌を習得してできた神経細胞の連結と、ギターを弾いて習得した連結が、それぞれまた相互に連結しあっている可能性が十分に考えられるんです。ですから、脳の機能と運動という面から考えても、古川さんの仰る通り、クラプトンのボーカルは、「ギターを極めたアーティストならでは」なんだと思います。

 例えば、カラテだけやってきた選手のカラテと、バレーボールでジャンプ力鍛えまくった人のカラテって同じじゃなかったりするので、「歌」も「演奏」も大きな意味では運動ですから、表現として違いが生まれるというのはあり得ると思います。これも、言われてみれば、ですが、スティングはジャズ・ベースの名手ですし、デヴィッド・ボウイはサックスが上手い。マイケルは身体表現であるダンスで音楽を感じさせるし、ピーター・ガブリエルはドラマーならではのリズムが音楽の核になっている・・・。古川さんの視点で音楽家と楽曲を見つめていくと、いままで聴いていた曲がさらに深く多様性をもって聴こえるように思います!

 

 

古川:なるほどなるほど!飽きさせない仕掛けがあるからこそ、反復再生に耐えられるわけですね。「引き算の美学」なんて言葉もよく使われますが、自分が音楽製作活動をしているときにこの感覚をもっと深く理解していれば、悩み苦しんでいるときにも状況を好転させられたかもなぁと思います。

 そして脳と神経細胞の連結のお話は本当に興味深い!私は剣道経験者なんですが、違うスポーツから移ってこられたり、小学生の頃に他のスポーツと両立されているような方は剣道オンリーの方とスタイルが違いましたし、そもそも体型や性格によっても剣風は変わるし、ざっくり言うと育って来た環境が違うと何もかもが違って当然ですよね!なんだかプリンスの楽曲とこのやりとりを通して、今までバラバラだった自分の中のパズルのピースがどんどん組み上がってるような感じがしています。大きな話になってしまいますが、人間の成り立ち?みたいな。その人の音楽性や個性みたいなものをさらに深く読み解くきっかけになるというか。

 ボーッと聴く音楽もそれはそれで良いのですが、腰を据えてじっくり聴きながら、さらにこういったやりとりをさせていただく中で、その音楽家の様々な経験や努力の痕跡、当時の流行や時代背景だったりも含めてかなり深いところまで抉っていくことができているんだなぁと感じます。

 私はボイストレーナーという職業に就いていますが、それ以前にボーカリストで、もっと言うとただの音楽好きです。今私の中の「ただの音楽好き」の部分がとても満たされてる感じがしています!あれ?そういえばここ、「紫大学」ですよね?なんか今とても良いセッションを受けているような・・・!

 人を理解する、と言うことに対しての僕なりの方法論が再構築されつつあるのかもしれません。家族はもちろん、友達やレッスンの生徒さん、初対面の人に対しても、オンラインでもオフラインでも、今後もっと深く理解し合えるようになる気がします。楽曲やアーティストを分析し、理解していこうとすることが、多様性の理解力だったり、受け入れる器の広がりにつながるとはおもってもみませんでした。

 

ーーー古川さんの仰る通りで、音楽に対してボーッと聴く、それも意味があるし、音楽の役割のひとつですよね。でも、それだけで終わるには非常に勿体ないし、音楽から学ぶことであったり、音楽の人間への作用であったりは、相当奥深い世界なんじゃないか?と思うんです。

 ましてや、古川さんは音楽を受け取る側だけではなく、発信する側であり、さらには発信する人たちの能力を引き出し、エンパワーする側じゃないですか。そのご経験と探求心があるから感じられる楽曲の魅力って絶対にあると思いますし、僕はそれを直に感じられないから、古川さんに見えた(聴こえた)景色を言葉にしてもらって、僕なりに再構築させてもらうという極上の時間を過ごさせていただいてるわけです。

 

古川:ありがとうございます、嬉しいです。

 

―――古川さんの「ただの音楽好き」のお話を伺ってて想い出したのが、アメリカでセレブリティが集まるパーティーがあるんですが、もうトンデモナイクラスの歌手やらダンサーやら俳優やら映画監督やらが集う場で、「あのプリンスが来る」ってなると、会場がざわめくらしいんですよ。名前のある人たちからのリスペクトが半端ないらしくて、みんなファンの顔になっちゃうそうなんです。

 プリンスと一緒にステージで演奏してるバンドのミュージシャンたちなんかも、普段はめちゃくちゃ鍛えられてたり、思いっきりダメだしされてりしてるのに、ステージでレッツ・ゴー・クレイジーを演奏するプリンスを後ろから見てて、「うわぁ、プリンスだ」って思うらしいんですよね(笑)なので、きっと「音楽好きに戻る」って最高なんじゃないですかね?エリック・クラプトンも「プリンスは音楽のすばらしさの生まれ変わりだ」とコメントしてるくらいなので、「好きを刺激する天才」なんだと思います。

 

古川:あぁ…なるほどですね。音楽という大海原をヨットで悠々と風に流されてみるのも良いですが、深海まで、普段は光が届かないようなところまで探索してみると、新しい何かに気付くことができる。点が線になるような感じかな。私も再構築させていただいてます!

 そしてプリンスのエピソード、素敵です!トップオブトップはやはりすごいなぁ~。気づけばただの音楽好きになっちゃってる。非常に刺激的です!

 

ーーー古川さんは、詩人ですね!さて、ここまでボーカルを味わえるジャズバラードのライヴ、そして羽生選手も使用したレッツ・ゴー・クレイジーの元々の長さのものを聴いていただきました!いよいよ3曲目、どんなので参りましょう?

 

古川;ここまでの流れで、プリンスの楽曲や歌だけでなく、プリンスという人の人間性や音楽性の奥深さにとても興味が湧いて来ました。そして先ほどから出て来ている「再構築」という言葉。プリンスの音楽の歴史や彼の人生の中で、ガラッとイメージが変わった曲だったり、それまでの積み重ねと違う方向性にシフトしていった曲だったり。良い意味でリスナーを振り回しつつ、それでもやはりこれぞプリンスだ!というような楽曲があればご紹介いただければと思います!

 

ーーーでは、Popeをご紹介します。

 

 

古川:おぉ!ヒップホップですね!これまでの2曲とまた全然毛色が違う!90年代のNew Jack Swing風なトラックに軽快なラップが乗っかってますが、これもプリンスなんですよね?ラップもできてしまうとは!!クレジットを見てもエンジニアリング以外のトラックも詞もプロデュースも全てご本人。女性ボーカルとの絡みも素晴らしいし、すごいなぁ。ほんと何でも屋さんですね!こんな才能をなんでこれまで見落としていたんだろうか…

 リスニング力がイマイチ自信ないですが、popeとdopeで韻を踏んでいたりしますよね。英詞を書く方の方が日本人よりも韻を踏む文化があるとはいえ、センスを感じざるを得ないですね。

 ボーカルというか、ラップの部分の発声なんですが、声帯の使い方や鼻腔をはじめとした頭蓋骨内の共鳴の具合がずーっと同じで安定しているんですね。綺麗な倍音が響き続けているのが特徴的で、これはとても高等テクニックなんです。ものすごく絶妙に無理なくコントロールされている。あまり力強く張り上げているわけでも無いし、もちろん大きな声でもない。でも非常にマイク抜けが良いので鋭く聞こえてくる。跳ねたトラックの上に小気味好く乗っかるラップと、しっとりした女性ボーカルも含めたバランス・・・ミックスの妙でもあるんでしょうが、とても気持ち良いバランスで何度でも聴けますね!

 

ーーー素敵なレビューありがとうございます!実は「これぞプリンスだ!というような楽曲」という古川さんのリスエストを頂き、「うーーん」と考え込んでしまったのです。というのも、プリンスという人は、「これがプリンス」的な他人からの定義や偏見に対して、「おいおい違うだろ」って態度で示してきたようなところがあってですね。いわゆる代表曲、有名曲、ヒット曲はあるんですが、それらも結局は彼のダイバーシティのひとつ、あるいはいくつかの組み合わせに過ぎないところがあって。

 僕がどの曲を選んだところで、「僕が考えるこれぞプリンス」になってしまうんです。それだけ「スケールがある」ともいえるけど、逆にそれが「わかりにくさ」にもつながってしまうんですね。そのように迷った挙句、このPopeをあえて選んだのは、「これぞプリンスという曲」ではないけれど、ある意味彼の多様性が端的に表れていように思ったからなんです。

 

古川:なるほどー!ダイバーシティか!

 

―――そうなんです。古川さんが解説してくださった、この曲のプリンスのラップの唱法は、僕にとっては全く目からうろこで、知らないできくと一本調子に聴こえる「安定」は、高等テクニックなんですね。そういう視点をいただくと、なんかラップがベースのように聴こえてくるというか、ラップの安定感ゆえに、それ以外のサウンドが際立って聴こえてくるから面白いですね!

 

古川:何事も「力任せ」「勢い任せ」より「良い具合に制御して持続させる」ことのほうが難しいですよね。あの感じだと思っていただければ。それにしても、プリンスはヒップホップもやってしまうんですね。これぞプリンス、に限界が無いんですね。

 

ーーー彼の特質として、新しい音楽スタイルに触れた時、それを飲み込もうとするところがあるんです。「ちょっと拝借」とか、「エッセンスをとりいれる」とかではなくて、なんていうんでしょう、怪獣みたいにガブッとスタイルごと。80年代の終わりぐらいから、ヒップホップがムーブメントとしてグワッと台頭してきて、それまでのR&B系のアーティストは、ヒップホップに対してどのようなスタンスをとるか、試されるような時期だったんです。

 例えばマイケル・ジャクソンであれば、ニュージャックスイングの旗手であったテディ・ライリーを迎えた”Jam”にヘビーDのラップを乗せて、当時の最先端をやる、みたいな。プリンスは「できるようになればいいんだろ?」って感じのスタンスで、ラップを練習して、ループサウンドも構築して、DJプレイもマスターした。ヒップホップの手法を取り込んだ上で、これに生演奏の技術を上手くブレンドして、ニュー・ファンクというスタイルを確立してしまったんです。

 

古川:なるほど…スタイルを完全に飲み込もうとするんですね!そうすると中途半端なちょい足しとは全然意味合いが変わってしまいますね。おっしゃるようにマイケルは、音色や奏法、映像にしても、その時のスペシャリストと手を組んで最高のものをつくりあげようとしてました。常に最先端に居ようとするスタンス。

 でもプリンスのスタンスの取り方はちょっと勇気が必要ですね。普通のミュージシャンの感覚だと、下手すると二番煎じだと揶揄されかねないし、方向性を見失ってしまうかもしれない。でも彼は当然そのレベルでは無かった。きっと尋常ではない研鑽を積んで、新たなスタイル飲み込んで、モノにして、変わり続けたんですね。

 

ーーーいま、古川さんのおっしゃったところがとても興味深いところでして。あえて誤解を恐れずに書くと、マスターして、ブレンドして、トンデモなく凄いの出してくる場合もあれば、「あれ?どうした、プリンス?」ってなった曲が後になって「ああ、あの時のあの挑戦が、今、こういう形で結実したんだな」ってわかるような場合もあるんです。クオリティというよりも、音楽的な方向性という意味でですね。

 その結果、それまでの支持者をガツンと突き放すようなこともしょっちゅうあって。それでも、そんなことはお構いなしに、ブレずに突き進む様子を見せてくれる感じがあるように思います。

「レッツ・ゴー・クレイジーみたいな踊れるロックも良いけど、でも、Popeのようなクールなヒップホップだって、素敵な音楽だろ?」みたいな。だから、僕らリスナーの扉を次から次にあけてくれる人ですよね。

 

古川:今のお話で、プリンスって、とことんgiverなんだろうなぁと思いました。常に新しい価値を提示し続ける。たとえ賛否両論だったとしてもグイグイ突き進んで、固定概念をひっくり返し、そして引っ掻き回す。カオスであることにワクワクする感じなのかな。未知のものを取り入れて、今までと違う自分になってしまっても全然OK。そしてそれを作品として嘘偽り無く素直に世の中にに提示する。そうやって結果的に新たなスタイルを創り上げてしまう。そこが彼の魅力なんですかね!?

 もちろん技術の磨かれ方も半端ない。dopeだ。控えめに言って最高だ。常人の理解を超えてます。自分で書いてて自分の理解を超えてる話なんですが、「変わること」は、突き詰めると「変わらないこと」になるというか。変わり続けようと試みることで「らしさ」が知らぬ間に増強されるというか。今知らぬ間に、と書きましたが、そこも実はプリンスには見えていた、分かっててやってたのかもしれませんね。

 

ーーーわずか3曲、そしてこの対話から、そこまで適切に捉えていらっしゃる古川さんにビックリしています。僕なんてひたすら追っかけて聴いてきたけど、そのような洞察に至ったのは、ついここ2-3年の話ですから。しかし、実際に変わり続ける、しかも音楽的にもどんどんスタイルを更新して、時にはセールス的にもしっかり結果を出すってやっぱり大変だと思うんです。

 

古川:はい。普通なら大変なことです。成功体験は甘い蜜のようなものですから。離れがたいものです。

 

―――この大変さって、同業者であったり、表現者にこそその凄さがわかる、というか。古川さんも表現者でいらっしゃるから、「全く異なる3曲がひとりから出てくること」の意味が分かったんだと思うんです。

 

古川:はい、それをやっちゃうのがプリンスなんですね。

 

―――「らしさ」ってやつですね!実は古川さんにお伝えしてなかったことがあるんですが、プリンスはマイケルのことも歌っているし、ベビー・フェイスに至っては自分の曲の中でわざわざ名前を出しているんです。Hardrock Loverという曲なんですが。

 

 

 ティーヴィーとは、楽曲でもライヴでも共演していますし、エリック・クラプトンがドラッグやアルコールまみれでどうしようもなかった80年代中盤、プリンスのパープル・レインの映画を見て、曲を書き、再起したそうなんです。ジョージ・ベンソンとも親交があって、ベンソンはプリンスにギターをプレゼントして、プリンスはそのギターをとても大切にしたそうです。

 

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 こんな感じで、古川さんの大好きなミュージシャンたちとも親交があり、相互に影響を与えてきてるんですよね。今回の対話で、僕自身、彼らの音楽に興味がわいてきたし、ちゃんと聴きたいな、と思いました。そして、古川さんが音楽に心底惚れていて、曲の感想や古川さんが感じたプリンスを真摯に言葉にしてくださったことにも感動しました。音楽でここまで盛り上がれるって素晴らしいな、本当に人をつなぐんだな、と。

 

古川:わー、なるほどですね。みんな繋がってる。高次元で影響しあっているわけですね。いろいろと探して聞いてみることで、今回のやり取りと自分の今までのデータをアップデート出来そうです。クラプトンのお話は知らなかったなぁ・・・。マイケルやベビー・フェイスについても彼らの歴史とともに振り返ってみようと思います!

 今回はたった3曲でしたが、ものすごく濃密なやりとりが出来てとても楽しかったです!勉強になりました!今後の音楽の向き合い方にも良い影響が出るでしょうし、これからも僕なりにプリンスと彼の多様性に向き合って、もっと深く理解できればと思います。これを機に沼にハマってしまうかもしれませんね(笑)その時には救いの手を差し伸べていただければと思います!

 

―――もちろんです!ご自身に生かしてこそ、ですもんね。

 

古川:今は新型コロナの影響で休業中ですが、状況を見つつトレーナー業を再始動する予定です。今回のやりとりで引き出していただいた言葉や感覚、そして学んだことは、きっと今後に活かせると思っています。良いトレーナーであるべく、変化を繰り返し自分の幅をどんどん広げていきます!休業中にこんなに脳味噌に良い汗をかけるとは思ってもみませんでした!清々しいです!本当にありがとうございました☆

 

ーーーこちらこそありがとうございます。古川さんとの対話で、新しいプリンスをたくさん発見できました。それだけじゃなく、変化ってなんだろう?多様性ってなんだろう?いろいろやってるのにそこに「らしさ」があるのはどうしてなんだろう?みたいな感じで、どんどん思考が発展していくのを感じました。素晴らしい音楽家と、古川さんのボーカル追求から得られた叡智が重なるとこんなにエキサイティングになるとは・・・!これからもご活躍楽しみにしています。今後ともどうぞよろしくお願いします。

 

古川:はいっ!エキサイティングなひと時をありがとうございました!マニアック上等で思いのままに話しましたが、うまいこと拾っていただきつつ、さらに繋いで拡げていただいて感謝です。プリンスとの出会いは、今後の自分の音楽人生のターニングポイントになりそうです。今後も期待しております!よろしくお願いします!

 

ーーーこちらこそよろしくお願いします!

 

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