パープルインタビュー/服部暁典氏 音楽家01

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演奏家として、音の職人として、表現者として、そしてファムとして。プリンスを深く研究し、自らの音楽も追求する服部暁典氏。彼の見識は、それぞれのプリンスの旅に深みと気づきをもたらします。プリンスにインスピレーションを受けながらも、自身の音楽を追求する服部氏のプリンス観とは?

ーーー服部さん、プリンス好きになったきっかけはどのようなものですか?

服部:当時大はやりだったビリヤード場(プールバーみたいなお洒落なとこじゃない…)でのレーザーディスク・ジュークボックスで「Partyman」のPVを見たことです。なんだこのバカ映像は…!と。しかも演奏は単純。スカスカ。なのになぜか気になる…。なんだこの気持ちよさは…。気がついたら元に戻れない身体に・・・(笑)

 


ーーーあははは。バカ映像!演奏単純!服部さんおっしゃるようにプリンスの音楽には「なぜか気になる」ある種の中毒性があると思うのですが、服部さんはその秘密をどのように分析されてますか?

服部:その曲に必要な要素を、本質的に必要な音を、プリンスは見極める能力が異様に高いからだと思っています。

 例えばですが”Sticky like glue”や”Black Sweat”は「これ以上音を差し引いたら曲が壊れちゃう」というレベルまで音数が少ないけど、普通に聴いている分にはそれを意識させません。音の数が必要最小限である上に、「ここに、この音が必要だ」、という判断能力も高いです

 

 

 

 

 このことは「必要な音を見極める能力」と「必要な場所を見極める能力」は表裏一体の才能ですけど、ここまで双方の才能がバランスよく、かつ高い次元で一人の人間の中に存在するものかなぁ?といつも思います。

ーーーなるほど、絶妙なバランス感覚がプリンス・ミュージックの鍵のひとつ、というわけですね。服部さんはプロの音楽家であるわけですが、音楽製作側の立場から、「この曲は創り手からすると、実は相当凄い」的な例がありましたら解説を頂けますか?

服部:先に書いたSticky like Glue、Black Sweatも飛び抜けた曲ですが、やはり「KISS」は次元が違います。あまりに有名曲であまり意識しませんが(笑)。

 

 

 よく言われることですが、ベースが鳴ってません。When Doves Cryで前科があるとは言え、通常考えられる判断ではありません。もちろんヴォーカルパフォーマンスが過剰にドラマティックなのでまったく寂しい感じはありません。

 そもそもこの曲はほぼブルースのコード進行そのもので、ポップスの原初形態のブルースをほとんどそのまんまでチャート1位に放り込むこと自体が偉業です。古くさいブルースを新鮮に聴かせている理由のひとつが「ベースがいない」ことです。

 

ーーーファンク・ミュージックの要であるベースがいない!


服部: そうなんです。そして、もうひとつの理由はドラム。LINNドラムのキック(バス)ドラムとスネアドラムしか鳴っていません。普通は、グルーヴを印象づける重要な役目をするハイハットというシンバルの仲間も鳴るのですが、この曲ではあまり目立たずタンバリンのようにやや補助的な立場にいます。つまりドラマーが考えるようなドラミングではないのです、まったく。キックとスネアがドーンと真ん前で鳴っててくれればこの曲は成り立つのだという、ものすごい「引き算のアレンジ」です。

 

ーーー引き算のアレンジ。

 

服部:さすがにキックとスネアとヴォーカルだけではハーモニーを感じにくい(=感情移入しにくい)ので、ワウギターがデュエットヴォーカルのように主役の立場にいます。もうこれだけでOKなところにスパイスをひと振り、キックとスネアにかけられたリバースリヴァーブ。おかげでどんなに騒然とした呑み屋ででも、わずかにスネアやギターのフレーズが耳に届けば、KISSは「あ、プリンスの曲だ」とわかる程の個性を得ています。トレードマークになる音やフレーズをこれでもか!と投入するのではなく、「この曲はこれで充分」と見切ること、曲が曲として成立する最低限必要な音を見つけること、ここに「作家としてのプリンスの凄み」があるのです。

ーーー作家としてのプリンスの凄み!服部さんの解説を伺って、プリンスのあの代表曲を聴くだけでも、新たな発見や曲の違った側面が感じられます。同じ曲が違って感じられる経験につながるんです。服部さんはプリンスを語り継ぐNew Power Talkライヴにも登壇されましたが、その時の様子を「多幸感」という言葉で表されていましたね。そのときの印象について、聞かせてください。

服部:我々のようなマニアになると、同じレベルで話し合える、共感しあえる友を得にくくなります。致し方ないこととは言え、鬱憤を募らせていましたが、あのトークイブですべての欲求不満が浄化されました(笑)。

 誰かと共感しあえる喜び、知的欲求を満たせる喜び、何よりもプリンスを通じて繋がる縁。これを多幸感と言わずして何と言うのか(笑)。

ーーーたしかに(笑)海外では芸術家としての評価を得ているプリンスですが、国内の評価についてはどのように感じていらっしゃいますか?

服部:個人的にはずいぶんとプリンスの評価は高くなったと感じています。転換点はやはり改名騒動の頃でしょうか。「いろいろ言われているけど、そもそもこの人すげえ!」という認識が広まったように思います。

アルバム『COME』を知り合いのミュージシャンがすごく高く評価していて、しかもその人はずぶずぶのジャズ・ミュージシャンで、これまでプリンスなんて聴いたこともない!という人だったのに。日本国内ではそういう小さい事例がたくさん積み重なってきていると感じます。

 

ーーーなるほど、他ジャンルにも真価が伝わり始めた、と。


服部:音楽の領域では、そう感じますね。

プリンスがビートルズスティーヴィー・ワンダーのように「誰からも批判されない」状況はあり得ないと思うのです。プリンスはそういう空気をかき回す人ではないか。

 モントルー・ジャズフェスティバルに出演した時だって、「なんでジャズフェスにプリンスなんだよ。あいつジャズじゃねーじゃん」という批判はあったと思うけど、いざ演奏してみれば、強烈なオリジナリティと常に自身をブラッシュアップし続けるという意味では、昨今のどんなジャズミュージシャンよりもジャズだったというオチを付けてくれた。

 

ーーージャズよりもジャズ!

 

 

服部:そうです。「本質を理解していない批判」に対しては常に実力で落とし前を付けてきたプリンス。これからも音楽の本質に気付いた人たちから高く評価され続け、長い時間をかけて浸透していくと思います。

 我々はプリンスに関する(おこがましいけど)生き字引として、そういう目の覚めた人たちに対して正しい情報を発信できるよう常にスタンバイしておくこと、そしてその状況を長く維持することが肝要だと思います。

 

ーーーなるほど、正しい情報のスタンバイ。


服部:若いミュージシャンはともかく、プリンスと同時代に音楽活動をした経験のあるミュージシャンでプリンスを知らない人はいないでしょう。好き嫌いはともかく、一定の評価はせざるを得ないと思います。私が挙げたジャズ・ミュージシャンの件は本当に草の根事例ですけど、これまでプリンスと無縁な人でも、ある日「なにこれカッコいい!」となる瞬間を何度も見ているので、これは普遍性の高い音楽には必ず起こる話だと思うのです。

 なのであまり現状を心配していない…とも言えます(笑)。ブルーノ・マーズを通じてプリンスと出合う若いリスナーもいるでしょう。その意味では楽観しています。

 

 
ーーー確かに、プルーノマーズに代表される、プリンスに影響を受けた世代が頑張っていますね!最後に、服部さんより、Purple Universityの読者の皆さんにメッセージをお願いします。

服部:様々な知見を持ち寄れることこそが、我々プリンスに影響を受けた者の良いところだと思います。私自身もひとりのファムとして、あるいはオーディエンスとして、新しい知識と視点を得られればと思います。そしてプリンスに最大級の感謝を!

ーーー服部さん、ありがとうございました。私が知りえない素晴らしき見識をシェアしてくださり感謝してます。

服部:こちらこそありがとうございます!

 

 

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服部暁典 Official Website

http://www.acatsuki-studio.jp/

 

最新作 琥珀

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