演奏家 として、音の職人として、表現者 として、そしてフ ァムとして。プリンスを深く研究し、自らの音楽も追求す る服部暁典氏。彼の見識は、それぞれのプリンスの旅に深 みと気づきをもたらします。プリンスにインスピレーションを受けながらも、自身の音楽を追求する服部氏のプリンス観とは?ーーー服部さん、プリンス好きになったきっかけはどのよ うなものですか? 服部:当時大はやりだったビリヤード場(プールバーみ たいなお洒落なとこじゃない…)でのレーザーディスク ・ジ ュークボックスで「Partyman」のPVを見たこと です。なんだこのバカ映像は…!と。しかも演奏は単純。スカスカ。なのになぜか気になる…。なんだこの気持ちよ さは…。気がついたら元に戻れない身体に・・・(笑)
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ーーーあははは。バカ映像!演奏単純!服部さんおっしゃ るようにプリンスの音楽には「なぜか気になる」ある種の 中毒性があると思うのですが、服部さんはその秘密をどの ように分析されてますか? 服部:その曲に必要な要素を、本質的に必要な音を、プリ ンスは見極める能力が異様に高いからだと思っています。 例えばですが”Sticky like glue”や”Black Sweat”は「これ以上音を差し引いたら曲が壊れちゃう 」というレベルまで音数が少ないけど、普通に聴いている 分にはそれを意識させません。音の数が必要最小限である 上に、「ここに、この音が必要だ」、という判断能力も高いです 。
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このことは「必要な音を見極める能力」と「必要な場所 を見極める能力」は表裏一体の才能ですけど、ここまで双 方の才能がバランスよく、かつ高い次元で一人の人間の中 に存在するものかなぁ?といつも思います。ーーーなるほど、絶妙なバランス感覚がプリンス・ミュー ジックの鍵のひとつ、というわけですね。服部さんはプロ の音楽家 であるわけですが、音楽製作側の立場から、「 この曲は創り手からすると、実は相当凄い」的な例があり ましたら解説を頂けますか? 服部:先に書いたSticky like Glue、Black Sweatも飛び抜けた曲ですが、やはり「KISS」は 次元が違います。あまりに有名曲であまり意識しませんが (笑)。
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よく言われることですが、ベースが鳴ってません。Whe n Doves Cryで前科があるとは言え、通常考 えられる判断ではあ りません。もちろんヴォーカルパフォーマンスが過剰にド ラマティックなのでまったく寂しい感じはありません。
そ もそもこの曲はほぼブルースのコード進行そのもので、ポ ップスの原初形態のブルースをほとんどそのまんまでチャ ート1位に放り込むこと自体が偉業です。古くさいブルー スを新鮮に聴かせている理由のひとつが「ベースがいない」こ とです。
ーーーファンク・ミュージックの要であるベースがいない!
服部: そうなんです。そして、もうひとつの理由はドラム。LINNドラムのキック(バ ス)ドラムとスネアドラムしか鳴っていません。普通は、グル ーヴを印象づける重要な役目をするハイハット というシン バルの仲間も鳴るのですが、この曲ではあまり目立たずタ ンバリンのようにやや補助的な立場にいます。つまりドラマーが考えるようなドラミングではないのです 、まったく。キックとスネアがドーンと真ん前で鳴ってて くれればこの曲は成り立つのだという、ものすごい「引き 算のアレンジ」です。
ーーー引き算のアレンジ。
服部:さすがにキックとスネアとヴォーカ ルだけではハーモニーを感じにくい(=感情移入しにくい )ので、ワウギターがデュエットヴォーカルのように主役 の立場にいます。もうこれだけでOKなところにスパイス をひと振り、キックとスネアにかけられたリバースリヴァ ーブ。おかげでどんなに騒然とした呑み屋ででも、わずかにスネ アやギターのフレーズが耳に届けば、KISSは「あ、プ リンスの曲だ」とわかる程の個性を得ています。トレード マークになる音やフレーズをこれでもか!と投入するので はなく、「この曲はこれで充分」と見切ること、曲が曲と して成立する最低限必要な音を見つけること、ここに「作家 としてのプリンスの凄み」があるのです。ーーー作家としてのプリンスの凄み!服部さんの解説を伺って、プリンス のあの代表曲を聴くだけでも、新たな発見や曲の違った側 面が感じられます。同じ曲が違って感じら れる経験につながるんです。服部さんはプリンスを語り継 ぐNew Power Talk ライヴにも登壇されましたが、その時の様子を「 多幸感」という言葉で表されていましたね。そのときの印 象について、聞かせてください。 服部:我々のようなマニアになると、同じレベルで話し 合える、共感しあえる友を得にくくなります。致し方ない こととは言え、鬱憤を募らせていましたが、あのトーク ラ イブですべての欲求不満が浄化されました(笑)。
誰かと共感しあえる喜び、知的欲求を満たせる喜び、何よ りもプリンスを通じて繋がる縁。これを多幸感と言わずし て何と言うのか(笑)。ーーーたしかに(笑)海外では芸術家としての評価を得ているプリンスで すが、国内の評価についてはどのように感じていらっしゃ いますか? 服部:個人的にはずいぶんとプリンスの評価は高くなっ たと感じています。転換点はやはり改名騒動の頃でしょう か。「いろいろ言われているけど、そもそもこの人すげえ !」という認識が広まったように思います。 アルバム『COME』を知り合いのミュージシャン がすごく高く評価していて、しかもその人はずぶずぶのジ ャズ・ミュージシャンで、これまでプリンスなんて聴いたこ ともない!という人だったのに。日本国内ではそういう小 さい事例がたくさん積み重なってきていると感じます。
ーーーなるほど、他ジャンルにも真価が伝わり始めた、と。
服部:音楽の領域では、そう感じますね。
プリンスがビートルズ やスティーヴィー・ワンダー のよ うに「誰からも批判されない」状況はあり得ないと思うの です。プリンスはそういう空気をかき回す人ではないか。 モントルー ・ジャズフェスティバルに出演した時だって 、「なんでジャズフェスにプリンスなんだよ。あいつジャ ズじゃねーじゃん」という批判はあったと思うけど、いざ 演奏してみれば、強烈なオリジナリティと常に自身をブラ ッシュアップし続けるという意味では、昨今のどんなジャ ズミュージシャンよりもジャズだったというオチを付けて くれた。
ーーージャズよりもジャズ!
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服部:そうです。「本質を理解していない批判」に対しては常に実力で落とし前 を付けてきたプリンス。これからも音楽の本質に気付いた 人たちから高く評価され続け、長い時間をかけて浸透して いくと思います。 我々はプリンスに関する(おこがましいけど)生き字引と して、そういう目の覚めた人たちに対して正しい情報を発 信できるよう常にスタンバイしておくこと、そしてその状 況を長く維持することが肝要だと思います。
ーーーなるほど、正しい情報のスタンバイ。
服部:若いミュージシャンはともかく、プリンスと同時代に音 楽活動をした経験のあるミュージシャンでプリンスを知ら ない人はいないでしょう。好き嫌いはともかく、一定の評 価はせざるを得ないと思います。私が挙げたジャズ・ミュー ジシャンの件は本当に草の根事例ですけど、これまでプリ ンスと無縁な人でも、ある日「なにこれカッコいい!」と なる瞬間を何度も見ているので、これは普遍性の高い音楽には必 ず起こる話だと思うのです。
なのであまり現状を心配して いない…とも言えます(笑)。ブルーノ・マーズ を通じて プリンスと出合う若いリスナーもいるでしょう。その意味 では楽観しています。
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ーーー確かに、プルーノマーズに代表される、プリンスに 影響を受けた世代が頑張っていますね!最後に、服部さん より、Purple Universityの読者の皆さんにメッセージをお願いします。 服部:様々な知見を持ち寄れることこそが、我々プリンスに影響を受けた者の良いところだと思います。私自身もひとりのファ ムとして、あるいはオーディエンスとして、新しい知識と 視点を得られればと思います。そしてプリンスに最大級の 感謝を!ーーー服部さん、ありがとうございました。私が知りえない素晴らしき見識をシェア してくださり感謝してます。 服部:こちらこそありがとうございます!
服部暁典 Official Website
http://www.acatsuki-studio.jp/
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